kinocoさん
イマジネーション・ジャーニーに旅立っているところでしょうか?
「未来設計図」・・・見事な中年である私にとっては、「終活」のことなのかな?(笑)
貯蓄はいくら必要か?
相続はどうするか?
お墓はどうするか?
ぜんぜんワクワクしませんね。。。
「未来設計図」って、ある程度の現実感と、ある程度の夢物語が適度にブレンドされているのが、楽しいのかな。
ある程度の具体性と、ある程度の抽象度、ともいえますね。
さて、私ごとですが、23歳の時に「これから先のなりたい自分」を考えたことがあります。
それは
「たくさんの人より、ひとりの人を幸せにできたら、私の勝ち!」
です。
集団を相手にする「通常の学級」ではなく、個を相手にする「特別支援学級」の教員として生きていこうと、決意したときです。
その内容はさておき、この「未来設計図」は、いまだに覚えていますし、いまだにそうありたいと思っています。
よく「なりたいものは?」と尋ねられると、具体を想像しがちです。
子どもだったら、野球選手とか、パティシエとか。
大人だったら、課長とか、部長とか。
学校の先生だったら、校長とか、教委とか(笑)
でも、それだと、仮にその職業になってしまったら、もうゴールになってしまうことになるんですよね。燃え尽き症候群になりがちです。
こうありたい自分を、ある程度の具体性と抽象度をもって語れると、それは結構長続きしますし、自分の核になっていくような気がするんですよね。
私のところにも「どうやったら大学の先生になれるんですか? 私もなりたいんですけど」という相談がたくさんきます。
これからは、「職業ではなくて、どんな自分になりたいのかを考えてみたらいかがですか?」ってアドバイスしようかな。